Dec 14, 2008
より安価な太陽電池パネルかな
あれだけ大規模な惨事があり、その分の電力不足が発生し、世間一般的に太陽電池パネルが普及しないのは、完全に価格が高価であるため除いて、考えて彷徨いですね。今の状況ではエコのためにボランティア精神で太陽電池パネルを買うという感じなので、今後爆発的な普及を目指すならセットアップ代金が3年以内に引き上げることができる程度の初期費用を国が総力をすべきだと思うな。太陽光発電に興味がある家は多くなっているのではないかと思います。太陽光発電は、太陽光による電力を生み出します。太陽光発電用のパネルの取り付けにはかなりの金額がかかりますが、補助金が出る場合もあり、余った電力は売電できるので、売れた金額を返済に充当することです。太陽光発電は、クリーンなエネルギーですのでお勧めです。
◇横浜国際女子マラソン(2011年2月20日 横浜市山下公園発着42・195キロ)
09年世界選手権銀メダリストの尾崎好美(29=第一生命)が2時間23分56秒の好タイムで優勝し、8月の世界選手権(韓国・大邱)代表第1号に決まった。尾崎は39キロすぎのスパートで、2位の中里麗美(22=ダイハツ)らを大きく引き離し、前身大会の08年東京国際以来2度目のマラソン制覇。女子マラソン界の“新エース”が、今夏の世界陸上、そして来年のロンドン五輪でのメダル獲得を目指す。
両手を上げてゴールテープを切ると、尾崎は充実した笑顔をのぞかせた。優勝候補として臨んだレースで2時間23分台の好記録をマークしての完勝。「今までで一番勝ちたいと思ったレースでの優勝は自信になった」。堂々と日本女子マラソン界の新エースに名乗りを上げた。
進化を見せつけたのは残り3キロ地点だった。当初は残り2キロからスパートを仕掛ける予定だったが、山下佐知子監督(46)の夫で元第一生命マネジャーの吉原智司氏(33)から「行け!」と声を掛けられ、一気にギアを上げた。「そこ(残り3キロ)まで、ある程度余裕を持って走れていた。スパートも練習していた」。山下監督と立てたプランは台なしとなったが、それでも苦しい終盤で格の違いをみせつけた。
「勝つことへの意識を持つようになった。勝ちパターンをつくりたかった」。09年のベルリン世界選手権では終盤に白雪(中国)とデッドヒートを繰り広げながら41キロ付近からのスパートで突き放され、10秒差の2位。以後、終盤の競り合いを想定しながらの練習を重ね、今回は先頭集団で自らレースをコントロールしてつかんだ初めての勝利となった。
山下監督は「高橋尚子さん、野口みずきさんは、勝つべきところで勝てた。今回は勝って当たり前の状況。勝ちにいった結果だから自信になった」と愛弟子の進化に目を細めた。8月の世界選手権の代表第1号となった尾崎は「メダルを獲るぐらいでないと五輪では戦えない。ロンドン五輪へ行くためにしっかり狙いたい」と言い切った。その目には早くも日本のエースとしての自覚が芽生えていた。
◆尾崎 好美(おざき・よしみ)1981年(昭56)7月1日、神奈川県生まれの29歳。相洋高から本格的に陸上を始め、00年に第一生命入り。初マラソンとなった08年3月の名古屋国際で2位。同年11月の東京国際で現在も自己最高の2時間23分30秒で初優勝。09年ベルリン世界選手権で銀メダル。女子マラソン界で期待の存在になった。1メートル55、41キロ。
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◇NABF北米バンタム級王座決定戦12回戦(2011年2月19日 メキシコ・プエルトバジャルタ市)
亀田3兄弟の三男・和毅(19=亀田)が5つ目のタイトルを手にした。
WBC傘下の地域タイトル・NABF北米バンタム級王座決定戦でヘルマン・メラス(24=メキシコ)に3―0判定勝ち。序盤からボディーを攻め、2人のジャッジが119―109の最大10ポイント差をつける快勝だった。「スタミナを証明できたし自信になった」。18戦目で初めて世界戦と同じ12回戦を戦い抜いた。11年初戦で好スタートを切り「今年の目標は世界王者」と胸を膨らませた。和毅は一時帰国し、27日には長男・興毅と東京マラソンに出場する。
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◇四大陸選手権最終日(2011年2月20日 台北)
現役最後の滑りを終えた22歳の目に、涙がにじんだ。
女子で16位だった金彩華は、韓国代表の在日3世。「区切りになるので気持ちも高ぶった」と感慨深げだった。大阪で生まれ育ち、05年から韓国代表として国際大会に出場してきた。この春、関大を卒業した後は、韓国で指導者の道に進む。教え子の新たな門出に浜田コーチは「日韓の橋渡し役になってほしい」と期待を寄せた。
◇四大陸選手権最終日(2011年2月20日 台湾・台北)
SPの仏頂面から一転して、浅田はフリーでは笑顔で最後のポーズを決めた。観客席に向かってに手を振ると、子供のようにぴょんぴょん跳ねて喜んだ。一発の大技成功が浅田の心を軽くした。
「ショートプログラムの悔しさを晴らします」と佐藤信夫コーチ(69)に言ってリンクに立った。冒頭のトリプルアクセル。前日のSPでは両足で着氷し、午前中の公式練習では転倒していた。そんな悪いイメージを脳裏から振り払い、思い切って氷を蹴り上げた。出来栄え評価で1・29点の加点がつくきれいな着氷。「100点です」。全日本選手権のSP以来今季2度目の成功だった。
フリー、合計得点とも今季自己ベストをマークし2位。戦える状態にあることを再確認し「この大会に出て良かった」と満足げだ。世界選手権には前半戦を休養したバンクーバー五輪金メダリストのキム・ヨナ(韓国)も戻ってくる。「凄く楽しみです」。再戦を心待ちにする気持ちの余裕がようやく生まれた。
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