Sep 05, 2009
子供の頃の憧れでしたIDカードの職場に入ってということに
子供の頃のSF映画で、IDカードの職場に出勤するのが憧れだった。ところが、これでIDカードなどは当然と下手すると指認証や虹彩認証することもできる世界になってきました。その分、個人情報などを表示するための情報こそが生命の時代になっているのだとつくづく思っています。 IDカードと何とかは情報化社会に住んでいるからの情報音痴があったされず、まして、IDカードの一つも持たないようにすること、社会のお荷物かもです。私はクレジットカードを一枚も持っていません。持っていれば、いくらでも買ってしまいそうです。現金を持たずにカードだけを持つようにされると、金銭感覚がなくなってしまいそう、ちょっと怖いイメージがあります。しかし、逆にクレジットカードとの割引を受けるとしたりするので、良い面もあります。要は使い方だが私はまだクレジットカードが付いている気分になることはできません。
◆中学校課題
◇奇跡のプレイボール−−県立中村中3年・〓山桃子さん
「アメリカにある入団資格が七十五歳以上の野球チームが、日本の同年齢の人達と野球の試合をしたがっている。協力してもらえないだろうか?」
作者である大社氏に届けられた一通の手紙からこの物語は始まります。参加できる条件は野球をこよなく愛していること、そしてもうひとつ、太平洋戦争で兵士として戦っていること。あまりにも異なるこの二つの条件に大きな違和感を感じながら読み始めたこの物語の中で、私は多くの奇跡に出会うことができました。
一つ目の奇跡は、この不可能と思われるプロジェクトに多くの賛同者が現れたことです。選手集めや運営資金の調達、試合会場の手配、渡航の準備など、実現に向けて数多くの問題が出てくる中で、様々な立場の人達が解決に向けて協力を申し出てくれました。大社氏達の熱い純粋な思いが人々の心を捉え、動かし、形を作っていったのです。プロジェクトの成功に向けてつながっていく人々の絆に触れながら、誰かの力になりたい、支えてあげたいという思いは、誰もが心のどこかに持っているのだと強く感じ、私の心はあたたかくなりました。
二つ目の奇跡は、かつて敵として戦ったアメリカ兵が、六十年以上の時を経て、日本兵と再び出会おうとしたこと、そしてその呼びかけに応じた日本兵がいたことです。日本選手の横顔として紹介されている戦争体験には私と同世代の少年が、様々な疑問や苦悩、恐怖を感じながら、その全てを自分の胸に秘め、死と向き合って必死に生きていたことが記されています。アメリカ兵は憎むべき敵です。このプロジェクトに選手として参加することは「太平洋戦争で兵士として戦った」というその過去に向き合うことになるのです。「子供には決して話せない」「共に戦った仲間と会っても戦争中のことは話題にしない」そう語っている人達が、選手として参加してくれるのだろうか。アメリカの選手達もきっと同じ気持ちでいるはず。そんな不安を感じていた私にとって、チームが作られたことは、大きな驚きでした。
そして、かつて敵として戦った人々が出会い、試合が始まりました。
「ベースボールは夢見る人たちのためにつくられたゲームであり、このスポーツのもたらす魔法が国と国をつなげ、ひとつの試合がひとつの世界になる」
この言葉のとおり、スポーツのもたらす魔法は、戦争という不幸な過去を越え、新しい世界をもたらしてくれました。一人の人間として、野球を心から愛する仲間として、互いの悲しみや苦しみにふれあい、共感した時、選手達の心に大きな奇跡が起こったのです。
「みんな同じ人間だ。なにもかわらない。」
敵として憎んでいた相手を許し、認めたこの言葉が、私の心を強く揺さぶりました。戦争によって心に深く刻まれた悲しみや苦しみは、これからも決して消えることはないでしょう。でも、憎しみは、この言葉とともに消えていったのです。
そして同時に、二番目の奇跡が起こった理由がわかったような気がしました。戦争は国と国の戦争です。一部の人間が自分の利益のために始めたものです。互いに加害者であり被害者なのです。戦争は決して個人の感情で行われるものではありません。そのことをみんな知っていますが、家族や大切な人が犠牲になれば、憎しみの感情が芽生えるのは自然なことです。時として憎しみが生きる強さを与えることもあります。でも誰かを憎みながら生きていくことはとても苦しいことです。「相手を許したい」「憎しみの感情から自分自身を救いたい」そんな思いが辛い過去に向きあう勇気を与え、ハワイという地に導いてくれたのだと感じました。
「奇跡のプレイボール」は実現しました。それはこのプロジェクトを大社氏が「おもしろそうだけど無理だ」とか「誰かがやってくれるのなら協力してみようか」という否定的な考えや傍観者的な立場ではなく「自分の力でお年寄り達の願いをかなえてあげよう」と思い、実現に向けて動き出したからこそ成し遂げることができたのです。大社氏自身がこのプロジェクトから得るものは何もありませんでした。むしろ、膨大な時間を割き、経済的な面でも負担を強いられるものでした。それでも彼は走り出したのです。この作品の中で大社氏は、何者かの強い意志によって突き動かされたようだったと述べ、自分の功績について一切、触れていません。しかし、すべての奇跡は、彼が走り出したからこそ生まれたのだと、私は彼に伝えたい。そしてとても大きなことを彼から教わりました。奇跡はじっと待っていても起こるものではない、奇跡を起こそうとする熱い思いと、その思いを形にした行動があって、初めて起こるのだということを。
大社充「奇跡のプレイボール 元兵士たちの日米野球」(金の星社)=つづく
1月23日朝刊
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